会社は自分の夢を追う格好の場所だ

起業家やデイトレーダーなど、雇われない生き方を志す若者が増える一方で、フリーター、ニートといった生き方をしている若者も多数出現している。こうした若者の就業変化の背景には、景気の低迷による就職戦線の冷え込みがあるが、「結果オーライだったな」という感想をもっている。

学校を卒業した若者は一人前の社会人だが、社会人になったら就職しなければならないという考え方は狭い了見だったからだ。何も会社に就職せずとも、いろいろな生き方をしてかまわない。不況による雇用状況の悪化が、それを促した格好になった。その結果、若者の間でサラリーマンは以前ほど憧れの職種ではなくなった。

だが、一方で私は、サラリーマンという職業は「自分の夢を追う」のに最高の居場所なのではないかという気もしている。考えてもみてほしい。自分で会社を立ち上げるには、かなりの資金が必要になる。しかも成功確率は低い。規制の撤廃で1円の資本金でも会社は設立できるが、経営そのものにはお金がかかる。3年後、5年後に生き残っている会社はごくごく少数にとどまる。

そのこと自体は問題ではないが、何も苦労して自分でやらなくても、自分の夢が叶いそうな会社を見つけて、そこで実現したっていいわけだ。既存の会社には「資金」「看板(信用力)」「設備」という個人とはケ夕違いの豊富な経営資源がある。

会社に勤めれば、それが全部利用できるのだ。今は会社勤めをしても、生活のために給料をもらえば「よし」とする時代ではない。会社は自分の夢を追う場所と考えてみるのも悪くないと思う。今の会社は昔と違って社員の自由度が増しているから、その気になって行動すれば十分に可能である。

もう一つ、私か勧めたいのは、仮に独立して起業を考えている人も、一度は会社に入って自分の能力を試してみるべきだということだ。最近は学校を卒業するといきなり起業する若い人もいるが、組織のルールやビジネスの常識を身につけるためにも、何年か会社勤めはやってみたほうがいい。自分自身に実力がつくからだ。

起業そのものは昔に比べたら格段にしやすくなっているが、前述したように起業=成功ではない。むしろ失敗する人のほうが多いのは経験不足だからだ。実力が足りないのにいきなりチャレンジするのは蛮勇(ばんゆう)で、決してホメられたことではない。

事業を始めると、つきあう相手はほとんど会社である。ならば、会社とはどういうものか知っておいたほうが絶対に有利なはずだ。「敵を知り己を知れば百戦危うからず」。そのためには外からだけでなく、内に入って見るのが一番なのである。

それも半年や1年では中途半端だ。「石の上にも三年」で、どんな会社であれ最低3年間がんばってみることだ。そうすれば企業や組織の仕組みやルールがわかるようになる。そんな勉強をさせてもらって、給料をもらえるのだから、これほどありかたい存在はない。問題はイヤな仕事で3年もがんばれるかだ。

こういうとき、多くの人がいうのは「目標を作れ」ということだが、遊び心をもって取り組むのがいいと思う。そのほうが自分の能力をよく発揮できるからだ。サラリーマンからプロ棋士になった瀬川晶司さんという人がいる。瀬川さんは子供の頃から将棋が好きでプロ棋士を目指していた。

しかし年齢制限の26歳までにプロ試験に合格できなかった。プロ棋士をあきらめてサラリーマンになったわけだ。だが、趣味で将棋を指すようになったら急に強くなり、アマvsプロ対決で輝かしい実績を上げるようになった。その実績が認められプロヘの道が開かれたのだ。その彼がこんな述懐をしている。

「年齢制限が近づいてくると、すごいプレッシャーを感じて消極的な戦いしかできなくなった。だが、あきらめてアマで指すようになったら、将棋が楽しくなった。楽しく指していたら、プロにもどんどん勝てるようになった」

遊び心というのは人をリラックスさせる。リラックスした状態は能力を最高度に引き出す。会社を自分の夢追い場と心得て、楽しく仕事をすればきっとよい結果が得られる。会社の経営資源を活用できるとしたら、こんな恵まれた居場所はないといってもいい。

会社の事業内容と自分のしたいことが一致しない人は、予行演習の場と考えていろいろ試してみればいい。その場合も遊び心をもって楽しく取り組むことが肝心だ。そうすればどんな仕事もきっとよい経験になるはず。今必要なのは「サラリーマンは雇われる身」という既存の会社観を変えることだ。

文学の世界には批評について「他人の作品をダシに己の夢を語ることだ」という有名な言葉がある。これになぞらえれば、「サラリーマンとは、会社という存在をダシにして、自分の夢を追う人のこと」といえるのではないか。試しに会社で偉くなった人間に訊いてみるといい。きっと「その通りだ」というはずだ。

— posted by ラスター at 05:25 pm